向井秀徳という男
気がついたら、俺は夏だった。
このバンドを知ったきっかけはyoutubeだった。
いつだったか、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの「世界の終わり」をyoutubeで見てたら、おすすめの動画として出てきた。
「本能寺で待ってる」
正直に言おう。衝撃的だった。何を聞いているのか一切わからなかったし、何が起きてるのかも一切わからなかった。音楽で殴られるというのは、おそらくこういうことを言うんだろう。
あまりにも気になって歌ってる男の名を調べたら、向井秀徳という名前が出てきた。
そういえばこの男を俺はTwitterで見たことがある気がする。そう、タバコを3本咥えて、銃をカメラに向けていた男。
何度見ても意味がわからない。これが無観客ライブのワンシーンだというのだ。何を考えている?
どうやらyoutubeで見たバンド以外にもNUMBER GIRLってのをやってるらしい。知りたくなった。この男が作る音はどういう音で、それを聴いたら俺はどうなってしまうのか。
いろんなライブ映像を見た。いろんな曲を聴いた。大体歌の前に泥酔したような気持ちの悪いよくわからないMCをして、音楽を使って世界観をぶつけてくる。なんてやり口だ!
そしてどの曲も、フレーズが頭に残る。残り続ける。
特にコレがずっと残る。
「福岡市博多区から参りましたNUMBER GIRLです。ドラムス、アヒト イナザワ」
言ってしまえばただの前口上だ。でも、この前口上がたまらない。これを聞くだけで脳細胞の変なところが喜ぶんだ。喜んでしまうんだ!
何度聞いても、もっと早く知りたかったという焦燥感やそれに類似した感情と、17歳の俺が立ち尽くしていた。
サビになって「OMOIDE IN MY HEAD!」と叫んでるが、意味なんて一切わからない。何を考えて、何を経験して、何を食ったらこんなフレーズが出てくるんだ。まだまだ興味が尽きなかった。いや、もう虜にされていた。
パット見はただの中年男性のはずで、インタビューを受けてるシーンとかはこんな表情は一切見えない。ただ、ギターを持つと鋭い風が吹き出して、否が応でも取り込まれる。
CDとライブでの乖離が激しすぎて、CDの音源じゃ満足できなくなる。ライブを重ねるたびに、ずっと更新され続けてる。どの曲もこのライブのバージョン、というものになるのだ。
先日のFUJI ROCK FESTIVAL'21もそうだ。四人揃ったNUMBER GIRLは、もはやバンドではなく一本のナイフに見える。
声を出すことができないライブ、今までのFUJI ROCK FESTIVALとは大きく異なり、その中でどう演出するのかと思ったら……ひたすら「NUMBER GIRL」「向井秀徳」をぶつけてきた。
毎曲終わるたびにお辞儀をするのに、本当にこっちに配慮してるのか?ってぐらいノンストップでナイフを投げてくる。俺はただ刺されることしかできなかった。
アンコールまで見終わって、タバコを吸った。刺されたナイフの痛みはまだ残っている。血が出てないかと身体を触って確認する。
何が起きたか、それを受け止めるために夜空を見つめながら煙を吐いた。
ふと、煙の先に誰かがいる気がした。彼女の名前はなんだろうか。聴きたくなったが、声を出す前に消えてしまった。
そして、気がついたら俺は夏だった。